王滝川支流 うぐい川 春萩谷沢 真弓谷

2010年8月14日
王滝川支流 うぐい川 春萩沢
渡辺・大祐・美香子・和田・伸子

瑞浪3:00=林道黒淵P5:40/6:10-春萩沢橋7:15/8:00-下の大滝30m9:20-
上の大滝20m10:00-うぐい川林道支線10:30/11:40-黒淵P15:00=
MSK16:00/17:00=河原17:30/21:30=MSK22:00▲

2010年8月15日
王滝川支流 うぐい川 真弓谷
渡辺・大祐・美香子・和田・伸子・栄治

MSK▲6:10-林道黒淵P6:30/6:50-真弓沢出合7:40-うぐい川林道10:00/10:10-
12:00(川遊び)13:00=王滝温泉14:00/15:00=瑞浪17:40

王滝森林鉄道
木曽ヒノキを有する木曽谷の林業は、
中央西線開通(明治43年)によって木材搬出を従来の川狩りから森林鉄道による伐木運材に変わりました。
木曽谷の森林鉄道は、大正2年に着工された小川森林鉄道(上松町)が最初です。
王滝森林鉄道は、大正6年から12年までの7年間に第1期線として経費21万余円の工費で、
小川森林鉄道の鬼淵(おにぶち)停車場より氷ヶ瀬(こおりがせ)に至る25、362mを敷設しました。
その後、白川、(うぐい)川、瀬戸川、濁川(にごりかわ)、鈴ヶ沢などの支線を含め、
総延長155キロに及ぶ線路が昭和30年にかけて敷設されました。
木材運搬が目的でありましたが、沿線村民の陳情により便乗と日用品の輸送が認められ、
特に村中心地から12キロと離れている滝越(たきごし)地区の人々には重要な交通手段であり、
村への用事や上松町への買い物に欠かせないものでした。昭和40年代にはいり林道が整備され、
伐採現場から直接運搬できるトラック輸送が主流となり、森林鉄道は次々と廃線されました。
昭和50年5月30日には、全国の森林鉄道の中でも孤軍奮闘、最後まで生き残った王滝森林鉄道でしたが、
半世紀を越える長い歴史の幕を閉じたのでした。
 王滝村公式HPより

 今回はクラブとして裏木曽の山域研究 「長野県側西部」 のデビュー山行である。
王滝森林鉄道うぐい川支線の廃線に伴い、うぐい川の最上流 「助六製品事業所 」
周辺は今や林業関係者と廃線マニア、そして “ズク” のある渓流釣り師しか訪れることの無い秘境となった。
そんな秘境を求め、夏山の目標として、初日 「うぐい川本谷」 、翌日は 「小俣川」 を計画した。


春萩沢
いぐい1-IMG_0208

       うぐい1-IMG_0210

 台風一過後、快晴は約束されず、不穏な曇り空の下で暗い気持ちの出発となった。
林道から歩道を下り黒渕に掛かる廃橋を恐る恐る渡って森林鉄道廃線跡に付けられた
坊主岩林道を悪い大祐に引っ張られてハイペースで奥へと進む。
春萩橋で休憩した時、ウン●をしながら私は飲み物一切を車に忘れてきたことに気付く。
更に廃線跡を奥へと進むうちに空から大きな飲み物が沢山落ちてきた。ウンは尽きた。
これから入渓予定のうぐい川本流は両側切れ落ちた八丁暗がりのゴルジュが続く。
これ以上天の恵みが落ちてきたら谷は増水して危険と判断し、行き先を春萩沢へと変更することにした。

うぐい2-IMG_0211

うぐい4-IMG_0220

 春萩橋の袂から春萩沢へと入渓する。
沢の水は少し多いものの濁っていなかったが相変わらず雨は降り続いていた。
大きな滝は無いが大小の渕が続き水流に沿って時に和田氏や大祐は果敢に泳ぎ、
他の3人はそれを横目に見ながら脇を辿る。
伸ちゃんは入会した頃と比べると身のこなしが大変良くなりましたね。

うぐい5-IMG_0221

       うぐい6-IMG_0222

       うぐい7-IMG_0226

       うぐい8-IMG_0228

       うぐい9-IMG_0231

 雨は降ったり止んだりで、夢に描いた真夏の沢登りの構図とは程遠い状態であります。
傾斜の緩い滝は水流に沿って楽しめないシャワークライムを大いに楽しむ。
両岸が狭まる頃、行く手に落差のある大滝が現れる。約30m位有るだろうか。
そういえば以前はその日の滝奉行を指名して、滝奉行がその滝の高さを目測で決めていたことがあったっけ。
実際は10mしかない滝でも滝奉行が 「20メートルッ!」 と言えば20mなのである。
 大滝の左岸を大きく高巻き再び入渓して行くと今度は、谷が大きく右へ湾曲した所に15m程の大滝が現れた。
水量が少なかったら攻める所も有る様だが今回はパスして正面(右岸)に掛かる壁岩を20mほど攀じ登る。
最後にガレたルンゼを辿ると下の林道に出た。

       うぐい10-IMG_0234

       春藪大祐1

       春藪大祐2

       春藪大祐3


 林道に掛かる橋から本流へ降り、ここで大休止として今夜のオカズのキノコを収穫することにした。
大祐はそこから下流へと、私は上流へと。
30分ほどで大祐と私は14個のキノコを収穫した。

うぐい12-IMG_0236

うぐい13-IMG_0237

       うぐい14-IMG_0238

       うぐい15-IMG_0239

 本日の遡行は此れまでとし、林道を下る。
途中支沢に涼しげなスダレの様な滝が我々を手招きしており迷わず登ると直ぐに笹薮地獄となった。
再び林道に出て下り始めると雨がシトシト降り出した。作業小屋で雨宿りをして雨が止んだ頃再び歩き出す。
すると再び雨がザーザー降り出した。
誰も雨具を着ようとはしない。
トホホのシャワーウォーキングを堪能し、ホトホト歩きくたびれて黒渕へ。

うぐい16-IMG_0241

うぐい17-IMG_0258

 さて、今夜のネグラをどうするか。雨は駄々降りだ。
一旦車で本流筋の上流の滝越、そして下流へと目ぼしい場所を探す。
松原のMSKは快適な幕営地であるがキノコを焼くための火は焚けない。
MSKで着替えをして再びうぐい川の林道へ戻り川原にブルーシートのタープを張って火を起こす。
キノコを焼きながら蕎麦を喰らっているとまた雨がザーザーと降ってきた。
2時間掛けてキノコと持参の鶏肉を燻製状に焼いて美味しく頂く。雨を降らせてくれた山の神と川の幸に感謝。
こんなに楽しい夕べに浦サ、基サが居ないのは残念。再び車でMSKにもどり・・この後は内緒・・。


真弓谷
 夜半は雨の音が続いていた。朝四時に起きたときも降ったり止んだり。
さて今日の予定の小俣川はどうするかだ。朝飯を喰らいながら協議。
これも増水していて危険と判断し、行き先を迷った挙句に真弓谷へと変更した。
結論が出た頃、日帰りの栄治が到着する。

また黒渕の駐車地に戻り、また昨日と同じ坊主岩林道を進む。
悪い大祐は迷うことなく真弓谷の分岐へと降りていく。増水したうぐい川を渡渉して真弓谷へ入渓。

真弓1-IMG_0264

       真弓2-IMG_0265

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 初めから真弓谷は荒れた渓相で、川原の岩屑は尖り定まることを知らず挑戦的である。
再び雨が降り始める。濡れた所へ頭を突っ込むのが好きな栄治が飽きもせずキノコを探している。
変化の乏しい谷は続く。「誰も風邪をひきませんでしたね」 って伸ちゃんが言っていたが、
確かに昨日あれだけ長時間雨で濡れれば下界では普通に風邪をひく。
美香ちゃんのお腹の調子が良くないようである。
 藪っぽい源流に近づいた頃、笹が切り開かれた道の様なところを喘ぎながら登ると林道へ出た。
真弓峠までは僅かであった。林道を歩き始めるとまた雨が降り出す。

春藪大祐4

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 林道を一時間半ほど歩いて黒渕まで戻る。車に戻ると雨は止み時折眩しい陽が射したりする。
まだ時間は早いので下流で川遊びをすることにした。じゃぁ、今までのは何。
 最後に溝口川上流の “王滝の湯” で汗を流し帰路につく。 入浴料:500円

真弓9-IMG_0275

今回の反省など。
 予想外の雨のため二日間共に計画とは違う谷へと変更した。
変更するかもしれないことは計画書に書かれていない。勿論変更したことも緊急連絡先には知れされていない。
天候やその他の理由で行く先を変更すること、計画を変更することも事前に十分協議すべきであった。
 二日間共山にいる間、雨が降りとおしたので写真を沢山撮らなかった。
また手帳が濡れるのでコースタイムの記録執りもいい加減になりました。
 春萩沢は、次から次へと深淵や滝が現れ素晴らしい谷であった。
真弓谷は、単調でガレた谷であることが詳らかになった。
我が会の目的は山域研究であり、単に沢登りをするためでも釣りをすることでもない。
しかし楽しくない谷はイケナイ。春萩沢の奥には更に美瀑が幾重にも連なっているが林道から見えましたね。
真弓谷の右股にも、そして真弓小谷にも困難な滝が有る事を確認した。
また何時か、それらの谷へ行こう。
そして今回行けなかった小俣川へ、うぐい川最上流の助六はどんな桃源郷かを確かめに一緒に行きましょう。
                               記録:渡辺

真弓10-IMG_0279

2010.8.15春藪
















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