北夕森山

2011年4月3日
北夕森山
浦本・和田・大祐・千浩・秀美

瑞浪6:00==駐車場7:20--水終地点8:36~8:50--山頂9:56~10:28--
水終地点11:08~11:22--駐車場11:58==瑞浪14:00

 約四ヶ月ぶりの山行である。
こんなに間が空いてしまったのは、仕事の忙しさと、私が寒がりであるためだと思う。
以前のように、そこそこ問題なく山に登れるだろうか。トレーニング、そんなにやってないし、、、。

 瑞浪市役所にいつものように集まり、大祐カーで付知へ。
「この宮島キャンプ場、中学校のとき、学校の行事で来たなあ、そういえば。」
「山行でも来た記録がありましたよ。」「あー、渡辺さんと栄ちゃんとで来たんやわ、確か。」
「こけて溺れたけど、栄ちゃんが放って行ったとか、、。」ってな話をしながら車は奥へ奥へと進む。
1P1030899.jpg

2P1030912.jpg

3P1030914.jpg

 きのう、近所の山へ登った大祐の「雪、ほとんどありませんでしたよ。」のことばを参考に、
アイゼン無しで行くこととなった。なあんてことはない、ごくごく普通の山登りである。
隣を小さな沢が流れる。「ああ、沢登りにすりゃあ良かったなあ。」と思ったのは、私だけではないようだ。
魚影のチェックに熱心な釣り人が一人、、、。
 一時間ほどしたら、浦本リーダーが休憩を取った。
「結構えらいなあ、こんだけばかで、、、。」ほかの四人はケロリとして、元気に会話を弾ませいてる。

4P1030922.jpg

5P1030930.jpg

 やがて角度が少し急になる。歩くペースが少しづつ遅くなり、一人、おくれを取る。
昔、恋の道で遅れをとっていた姫たちも、こんな気持ちで友達の幸せな姿を祝福していたのかなあ。
(あっ、しまった。つい波風の立つようなことを、、、。)
しばらくすると支尾根に出て、残雪の残る山道となる。やっぱり、手と足とを使う沢登りの方が楽だなあ。
道はやがて、芝生を敷き詰めたような柔らかなものとなった。
 四人に遅れて、ただひたすら歩く。
先頭の浦本君が、私を気遣っては景色のよいところで少したたずみ、話をしている。
少しペースをあげなければ、と思うが、気持ちに体がついてこない。
こんなことで、ゴールデンウイークに槍ヶ岳へ行けるのか。蝶ケ岳の悪夢が頭をよぎる。

6P1030933.jpg

7P1030939.jpg

 やがて尾根に出た。登山道の脇に、30㎝ほどの積雪がある。
立ち木の間隔は3メートルといったところか。
「このくらいの所なら、近藤さんスイスイ行っちゃいますよ、スキーで。」「ええー、本当。」
「すげえなあ、スキーどうやってコントロールするのやろう。」「とても真似できませんよねえ。」
映像だけでなく、現場を見ると、彼のレベルの高さを改めて推察することが出来る。
ザイルワークも完璧に近いらしいし、すごい戦力が入ってきてくれた、と思う。
 少し歩くと頂上へついた。記念撮影などをして、大休止。
大祐は渡辺さんから宿題を出されていたらしく、あっちの方の尾根筋の下調べをしていた。

8P1030946.jpg

9P1030955.jpg

 帰りは軽快に山道をトットトットと下る。
珍しく、浦本君がおむすびころりんじゃなく、すってんころりん!!!いやあ、
下に犬とサルとキジの糞でもありぁ良かったのに、、、。
やがて、登りに休んだ所でまた休憩し、車へ戻った。ちょうどお昼ぐらいだったかな。

10P1030959.jpg

 瑞浪市役所へついてから、御在所がどうの、上の廊下がこうの、てな長話をして、散会とした。
最近、あの東北大地震以来、地面の下の大なまずの動きが活発である。
日本は四枚のプレートの上に国土が横たわっているらしいが、
その境界線上あたりのなまずも、チョコチョコ動き出しているようだ。
地球を卵に例えると、我々が生活している地面は、卵の殻より薄いという。
(だったよねえ、科学の美香先生。)
最近はマスコミにも騒がれなくなった新燃岳の噴火なども、
地球にとって見れば、にきびの一つ位つぶした程度のことなんだろう。
地面の下では、東北大震災とすぐ隣りだ。山も岩も緩んでいる、ということか、、、。
気をつけねばならんな、今年の山行は、、、。基君、被災地の医療救助、ご苦労様。
瓦礫を使って、空手の試し割りがいっぱい出来るねえ。
                        記録:和田大






スポンサーサイト
カテゴリ
FC2カウンター