宮之浦岳  【屋久島】

2012年8月26日・27日
宮之浦岳  【屋久島】
近藤・千浩・秀美

8月26日(日)
荒川登山口6:45発→大株歩道入口9:35-9:50→ウィルソン株10:20-10:40→
縄文杉12:10-12:20→高塚小屋12:25→新高塚小屋13:20

8月27日(月)
新高塚小屋発9:10→宮之浦岳1,5キロ手前10:30→撤退 新高塚小屋11:15-12:10→
大株歩道入口14:05→荒川登山道入り口16:30

 念願だった屋久島。詳しく調べるにつれ大変なところと気を引き締める。
前日来島して台風の接近を気にしながらも入山に踏み切った。
沢登りの計画で安房川を計画していたが、下流部を見る限り入渓は難しそう。
海岸線から約2000mまで一気に駆け上がる屋久島の沢はどこも気を抜けないであろう。
また自然の猛威にも勝てるはずがない。それでも現地の入渓地まで行ってみなけりゃー判らない。

 予定通り荒川登山口までの6時発の最終便バスに乗り込む。
すでに多くの登山者が入山したのか、幾分空席があった。
荒川に到着すると多くの登山者とそれに同行するガイドの多さにびっくりした。
7割以上がガイド付きで入山するように感じる。

 足元を固め入山準備。
今にも降り出しそうだった雨が朝食のパンをかじる間にザーッと降り出した。
取り合えず合羽を着こみトロッコ道を歩き出す。
「こんな日に沢登りじゃーないでしょうねー?」
早速、現地ガイドから私たちの装備を見て警告を促される。
行ってみなけりゃ判らないでしょ、無理に突っ込む気はないですよ。と胸の中で収めておいた。

 今日は24時間テレビの取材で多くのスタッフが入山していて、
ご協力くださいとバス乗り場で言われた。どこかで追い抜くだろうか。 
安房川沿いのトロッコ道からは増水した川が確認できる。
北沢左俣の入渓を予定しているので少しでも上流部の減水地から入渓できればと思いを寄せていた。

 30分ほど歩いた太忠川に架かる橋を渡った辺りで撮影スタッフのパーティーと出会う。
宮川大輔さんは確認できたが義足の女子高校生は見落としてしまった。
1時間ほど歩くと小杉谷集落跡に差し掛かる。
当時は450人ほどが暮らしていて屋久杉の伐採拠点だったそうだ。
小学校跡や宅地の石垣などが今でも残っているが、
今は休憩する東屋だけが杉林の中にひっそりと佇んでいる。
昭和45年には廃村になったが当時の写真なども案内看板に写っていた。
ここでもまた外材の影響を受けたのであろう需要が減っての林業敗退を余儀なくされたのだろう。
今でも土埋木を搬出しているようだがもっぱら観光土産用の材料になるだけのような気がする。
屋久杉というのは1,000年以上たった杉だけを言う。脂分が多く腐りにくいそうだ。
確かに年輪も締まり秋田杉より強度もあるようだ。
屋根材に適すというが今の時代屋根に木を使うことなどほとんどないだろう。
などと勝手な想像をしながら静かな森を歩く。

 楠川別れを過ぎ大株歩道入口でザックを下す。入渓はこの辺りだが見るからに入渓は無理。
渡渉点などどこにもないだろう。せっかくの沢の楽しみもここで夢となった。
しかしこの大株歩道に入る小さな支沢は増水しているものの程よい渓だ。
集水面積も小さく詰めは縄文杉辺り。
我々のようなにわか沢屋でも入渓できそうだ。
時間的にも多く見積もっても2時間もあれば抜けれると踏んだ。
水野君と入渓を相談して入渓準備を始めると。ここぞとばかりガイドが寄ってきた。
「何人も人が死んでいます。鉄砲水もあるからよく考えて!。」
おばさんガイドはいきなり! 「迷惑ですよ、入らないで下さいよ。助けに行けませんから。」
などと罵声とも取れる言葉を頂いた。
我々も何も無理に遡行しようと思っている訳でもない。
自分のレベルの判断くらい付けれると思っているのだが、ガイドには知る由もないので仕方ないであろう。
ましてや一般客もたくさんいて、あのような人がいるから事故が減らないと思われるだろうな~。
なんて思うと気力も薄れた。

 でも屋久島のガイドのほとんどは長靴とコウモリ傘の装備、
私たちが思う以上に歩き慣れたレベル高い人ばかりなんだな~。
中年登山者がものを言えるレベルではないな!

 結局一般登山道をウィルソン株や縄文杉を見ながらの一般登山道歩きとなった。
違うのは装備のザックの重さだけ。
沢には持っていったことがない1眼レフのカメラがずっしりとくる。
15㎏の装備は久しぶりに担いだ。

 大株歩道に入ると屋久杉の大きな木々が現れるようになる。土埋木や切株も半端ない大きさだ。
その中に時折大きなヒメシャラが美しい赤い肌を見せてくれる。
三重や紀伊半島のヒメシャラとは問題にならないほどでかい!。
雨で濡れた幹は尚更美しく森に映えていた。

 ウィルソン株でゆっくり撮影タイム、想像以上に大きな切り株に感動した。
ハート形の天井部の穴はまさに自然の造形美。

 縄文杉までも多くの登山者と共に記念撮影などしながら辿り着く。
展望デッキから順番待ちで記念撮影。きっと私の装備は異様に感じただろうな。
さあ、ここから先は誰も来ないだろう。わずかで高塚小屋に付く。
縄文杉1泊ツアーなどもあるようでこの小屋を利用するそうだ。

 少し薄汚い小屋、今日は撮影スタッフなどが寝泊まりするだろうか?装備などが少し置かれていた。
周りにもレンタルのテント2張り、これも同様な撮影のためのものだろう。
周辺にも機材やパラボラのアンテナが建てられ雨の為、ブルーシートで覆われていた。
機材のケーブルも木道の外に長い距離敷かれていて、今撮影の大変さが見てうかがえる。
下山後分かったが撮影の為1日で80人のスタッフやガイドが入山したらしい。
縄文杉の裏にもテントが設営されていたとか。
ガイドがブログで批判したらしいがそれも既に削除されていた。
どこからか圧力がかかったのか?法的な違法性はないようだが
何のための国立公園法や世界遺産のルールがあるの?
マナーは無視なら縄文杉も展望デッキではなく樹の足元まで行っちゃうよ、みんな。
撮影なら何でも許されるはずもないだろうに。ちょっと疑問を感じながら歩いていた。

 高塚小屋からは急な階段を上がり稜線の様子になってくる。
それでもまだまだ大きな照葉樹林が頭の上を覆う。
時より強い風が木々を揺らすが歩くには全く問題ない。
新高塚小屋手前で水場があり水を汲んで行く。
高塚小屋から1時間で新高塚小屋到着13:20ひっそりして誰もいない。
こんな台風の時に泊まりで来る好きものは我々だけなのか?笑

 小屋内は結構綺麗な状態。我々も入り口近くで荷物を広げる。湯を沸かしてコーヒータイム。
夕食には時間が早過ぎなのでゆっくりした時間を過ごす。
16時頃だったか横浜から来た3名のパーティーで縦走してきたそうだ。
宮之浦岳では風で飛ばされると思った!とのこと。
明日はさらに台風接近に伴って風が強くなるだろう。
まあ明日は宮之浦のアタックだけで予備日もあるのでまたここに泊まればいいな、など気楽に考えていた。

 17時過ぎ担ぎ上げた美味しい夕食を頂く。真っ暗な小屋にヘッデンの明かりのみ。
時折吹きつける強風が小屋の窓の隙間からヒューヒューと音を立てる。
気味が悪い。明日はどうなるのやら?台風一過で晴れ渡ることを想像しながら早々に就寝した。

 5時起床、まだまだ強風が時より吹き付ける。
小屋の周りも大きな樹が覆い茂るのでまだまだ稜線の風よりもましなことは想像できる。
行ってみるだけ行ってみようとアタックを決断。

 朝食を済ませて出発準備。宮之浦岳までは約3時間半。
アタックの荷物だけなら3時間もあれば着くであろう。ゆっくりして9時過ぎに小屋を出る。
この辺りではまだ直接風を受けないので
体に感じる風よりも頭上で揺れる木々の揺れの音で風の強さを実感できる。
宮之浦岳に近づくにつれて距離標識も多くなり、順調に近づいている。
だんだん稜線の様相を呈してきた登山道も頭上が明るくなってきた。

 凄いスピードでガスが流れていく。
いったい樹林がなくなればどのくらいの風なのか?順に不安も出てくる。
足早に登山道を歩き宮之浦まで2kmを切った。樹林も低くなりいよいよ稜線歩きとなる。
大岩が点在し足元は笹に低木のアセビやシャクナゲ、ハイノキといった木々が中心となった。
山肌を縫うように木道があり完全に我々に遮断するものがなくなっていた。
慎重に進むが強風で真っ直ぐに歩けない。いや2歩足で歩けないのだ。
四つん這いになりながら木道を超えると背丈ほどの灌木帯、少しでも樹木があれば楽になる。

 石室のような巨石が重なり合うところで秀美さんが携帯電話の電波を確認する。
どうやら繋がるようだ。昨夜にも何度か着信があったようで皆、心配している様子だ。
そりゃー過去にない大きな台風で暴風域も中心は50メートル以上ということだ。
海から近いこの距離で遮るものが何もない稜線ではその風をもろに受ける。

 ツンに無事であることと、沢への入渓を諦め、登山道で宮之浦岳へ向かっていることを伝える。
今晩もう1泊して帰るまでを伝えた。天気予報では今夜がピークだとか。
台風通過後の風もしばらく強いので注意とのことをツンから伝えられた。
私たちは台風は去ってこれから回復傾向になるだろうと踏んでいただけに、ちょっとがっかりだった。

 よし、もう少しだ残り1.5km頑張って行こう。
アップダウンのある登山道を少し下ったところで
先の見通せる稜線上で鞍部のガスの流れを目の当たりにして立ち止まった。
風速は軽く見ても30mは超えている。一瞬にしてガスが流れていく。
冬の北アルプスの風も凄いがそれ以上の風のようだ。
先程の木道でも幅1mくらいあるのに脇の岩場に飛ばされた。
これからもう少し高度を上げ稜線を歩くのは危険だと判断して、ここで打ち切りを決定した。
秀美さんはいく気満々で行くと思っていたというが、
飛ばされかけたあなたを見た私たちにはアタックしてあなたの安全を確保する自信がなかったのだ。
許してくださいな、何と言われても構わないがチキンとだけは言わないように。笑

 撤退を決め往路を戻る。先程の巨岩の石室で再度電話して今日の下山を連絡する。
しかし荒川登山口からバスは運航しているのか?確認してもらうことにした。
荒川まで行けば綺麗な休憩所があるので泊まれるのでそれほどの心配はしなかったが、
何せバスがなければ4キロほどの上り坂を歩かなくてはいけない。苦痛だよね。
これから昨日の往路を戻ってからの上り坂アスファルト道路の4キロは。
時間的にもきついものがある。

 これから小屋に戻ると11時、
荷物のパッキングを済ませて12時には小屋を出れたとしても荒川には18時を回るだろうな。
昨日は写真を撮りながらのんびりといっても1時間ほどしか変わらないだろう。

 ツンから連絡が入る。今日はバスは運航中止しているらしい。
夜の8時までは荒川登山口には人が常駐していて衛星電話も持っているらしい。
それを借りて迎えの連絡をしろということだ。ありがたや、ツン。
でも綺麗なところなので泊まりたい気持ちもあった。

 下山となればさっそく小屋へ帰りましょう。雨の降りしきる中足早に小屋へ帰った。
早速ザックに荷物を詰め下山準備。12時を回った頃小屋発下山についた。
ネズミちゃんともお別れだ。
たばこの吸い殻の入ったごみ袋を少しかじられただけで済んだが、
すべての装備を吊るしておかないと何でもかじるようだ。
水野君は防水バックに大きな穴をあけられていた。もちろん寝ていた廻りすべてに糞も落ちていた。
ネズミの嫌いな方は注意です。人のいない昨日の登山道を同じルートで戻る。
昨夜小屋で一緒だったパーティーもここを帰ったはずだ。

 昨日は写真を撮りながらゆっくり来たが今日は雨もひどく写真どころでない。
足早に下山するが沢靴で入山したので滑らないのがうれしい。
大株林道入り口まであっという間で2時間程で到着。川は昨日よりも増して増水していた。
さあここからはトロッコ道、ほとんど水平に近い道なので安心して歩ける。
薄暗い照葉樹林を荒川へ目指す。昨日はあんなにいた観光客は皆無。一人の登山者もいない。
こんな静かな屋久島もないだろうな、バスが動かなければこんなものか。

 強風で樹の若葉が足元にたくさん落ちている。
落ち葉なら味と思うが、青い葉っぱは汚らしくも思える。
これも自然の現象だが、それにしても凄い風なんだと改めて感じた。
小杉谷集落跡で少し行動食を口にして水分補給、思ったよりも順調に下山できた。
小杉谷の栄えた頃の写真などが張られていて当時のことが記載されていた。
これは資料館でじっくりと見たいなーということになった。
さあもう少し、昨日見た景色をたどり本流と支沢の橋を3つほど超えると味のあるトンネル。

 トンネル内で記念撮影して最後のフィナーレ。
荒川登山道のターミナルに到着したのは16:30お疲れ様でした。
昨日の休憩所に行くとおじさんが一人、毎日20時まではここにいるそうだ。
ぶっきらぼうな話し方だが哀れな私たちを見かねてか
上の林道別れ(一般車進入禁止)まで乗せていってくれるという。

 衛星電話をお借りしてツンに連絡を入れる。
楠川から約1時間かかるからとの連絡、休憩所で休ませてもらう。
今日は私たちと同じ小屋に泊まった3名のみ、タクシーをここまで呼んで下山したようだ。
いろいろな屋久島のお話をお聞きしながら時間をつぶせれた。
おじさんの自家用車に乗せて頂き県道の三つ叉路、尾立峠へと我々を運んでくれた、感謝です。
5分ほどでツンが来た。お礼を言ってツンの車で帰路に就いた。
皆の協力を得て大変だったが思い出深い山行になった。ありがたや!

 山行に持ち上げた食料でツンの家でちょっと早いが鍋での夕食、美味かったねー。
こうして宮之浦岳の登頂は夢に終わった。また来る課題ができたのも嬉しい。
今度は安房川を下降からの完全遡行を計画しよう。
下流部5キロはカヌーでの遡行になる、楽しみ楽しみ。

記録:近藤

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